靖国神社遊就館ステンドグラス復元作業報告ノート
2002年靖国神社遊就館大修復工事に伴い、特別陳列室天井ステンドグラスの復元作業が当工房によって行われました。その復元作業を下記の通 り作業手順を追って記します。
 1. 現況報告
2階西側特別陳列室天井の、2,480πの円形が四つ割りにされている開口部に取付けられた、昭和7年竣工当時のステンドグラスパネルは 損失してしまい、 その真の姿を眼前に見ることはかなわなくなってしまっている。
その天井裏 上部の屋根から自然光を取り込む為の建屋には火災による焼け焦げが残っており、戦争時の焼夷弾によるものと思われ、 ステンドグラスもその折に焼失か落下で破損、撤去されてしまったのではないかと思われる。


しかし幸いにも屋上へ上がる東側階段室 内倒し窓に取り付けられている ステンドグラスが、 当時制作されたオリジナルの作品であることが意匠及び 使用ガラス、鉛桟の様子などから判明し、 ガラス選定や組み立て等、これからの作業の 基準となった。
 2. 資料調査
遊就館は昭和7年に伊東忠太の設計プランにより再建され、その当時ステンドグラスは同天窓に取り付けられていたことが竣工時の写真によって判明している。
アカンサス模様のデザインで、同じパネルが4枚 中央から四方放射状に設置され、それぞれのステンドグラスパネルは躯体に取り付けられた鉄枠によって支持されている。

昭和初期、日本では大正デモクラシーなどの影響により、宇野沢辰雄・小川三知・木内真太郎・別 府七郎などが代表的な制作者として
知られており、国会議事堂・聖路加病院・交詢社倶楽部・赤坂プリンスホテル・東京都近代文学博物館などの建物にステンドグラスが 沢山取り付けられた。上野の国立博物館・科学博物館には遊就館と同系列の作品が見られるが、靖国神社の資料により別 府七郎が遊就館のステンドグラスを制作したことが、ほぼ明らかになった。

 3. 原画制作
竣工時の斜下から見上げた写真を下に縮尺1/10の水彩画を描く
デザイン自体はアカンサス(葉あざみ)の形だが、フランスではルイ王家の紋章にもなっている。
左右の花弁が二重三重になっているものなど色々なヴァリエーションがあるが、重厚な趣の中にも品位 のある風格が特徴である。
このアカンサスの意匠は遊就館の装飾としてあちらこちらに見受けられる。

色味は階段室に残っている当時のステンドグラスを参考に着彩 したが、現在、当時と全く同じ色と質のガラスは入手困難な為、限りなく近い質のガラスを元に再現原画を描いた。
 4. ガラス選定
段室に残っている昭和7年竣工当時のステンドグラスに使用されているガラスは、
殆どがアメリカ最古のガラス製造会社であるココモ社のものであることが判明し
ているが、バックのベースに使用されている、乳白色でやや青みを帯びている
キャセドラルガラスは、その表情・質感を見ても当工房にある色見本で似通った
ものが無く、改めてアメリカ製ガラスの色見本を取り寄せてみた。

ココモ、ウィスマク、ウロボロ、オセアナ、アームストロング、スペクトラム、ヤカゲニー、ブルズアイ、オプティマと、各社のサンプルを全て調べ、最後にシカゴアート社の中に一種類だけ似たものがあり、元板を取り寄せたところオリジ ナルのトランスルーセントホワイトの色味に近く、最終決定とすることにした。 他のアカンサス本体の部分は、全てココモのガラスを6色使うことになった。
A-トランスルーセントホワイト
B-アンバー+ブラウン
C-ミルキーホワイト+アンバー
D-ミルキーホワイト+ブルー+パープル
E-グリーン+アンバー+ブルー
F-パープル+アンバー+ブルー
 5. 原寸割り出し
曲線を含む変型ステンドグラスパネルの場合、まず開口部にトレシングペーパーをあて見切りを写 し取り、それを元にベニヤを切って型紙とし制作を始めるのだが、今回は天井の構造上トレシングペーパーが貼れず、やむなく錢高組の現場作業の方に3点計測法で寸法を測ってもらい、その点を繋いで曲線を割り出した。
作図した図面 からベニヤ板に各4枚ずつトレスをし、
型紙とした。
又、その図面 はステンドグラスを取り付ける為の、鉄枠の制作図面にもなっている。
天井の為、鉄枠の上にステンドグラスを乗せる形の設置法法になり、地震等の振動で落下しないようクリアランスは最小限にし、実制作寸法を決定した。
 6. 製図・拡大・トレス・番号ふり
ベニヤの型紙を元にステンドグラス実制作寸法を型紙用紙に製図し、縮尺原画を原寸大に拡大コピーしたものの上に型紙用紙を乗せ、鉛桟となる線を写し取る。ここで単純に拡大しただけのデザインではバランスが悪いので、鉛桟のラインの調整が必要となる。
又、外周・内周の弧と左右の直線が4枚とも寸法が少しずつ違うが、視覚的に同じ見え方になるよう鉛桟となるラインの曲線を微調整している。
4枚の拡大が終わり、各々にトレシングペーパーを乗せて鉛桟となるラインを写し取ったら、トレシングペーパーと型紙の間にカーボン紙を入れ番号をふる。
両方に同じ番号がふられていれば、型紙がハサミで切り離されてしまっても、型紙で切り取ったガラスをトレシングペーパーの同じ番号の上に並べられるからである。
 7. 型紙切り

型紙切り用3枚刃のハサミで、デザイン線上をギザギザにならない様に切り離していく。

全ての型紙を切り終わったらトレシングペーパーの上に並べ、色毎にまとめておく。

 8. ガラス切り
取り寄せたガラスは、6色を並べて色のバランスが良いかどうかの再確認をする。

各色毎に分けられた型紙を、そのガラスの上に置く。
ただし今回使用するオパールセントガラスは、 色が墨流しのようになっており、1枚の中で使える部分はごく僅かである。

型紙に沿ってガラスカッターで刃を入れ、マルトリンヌでたたいてひびをいれ、切り離し、バリを削る。


 9. ガラス色合わせ

各色切り取られたガラスをトレシングペーパーの上にのせ、改めて透視台の上で色のバランスや切り間違えが無いかどうかを確認する。
又、オパールの模様の流れが自然であるかどうかもガラス合わせで重要なポイントである。

問題が無ければ組み立てに入る。

 10. 組み立て

レールの形状をした鉛桟を使い、作業台の上でガラスを一枚一枚その都度くぎで固定しながら組み繋いでいく。
(今回は巾6mmの鉛桟を使用)
鉛桟は柔らかいので、ガラスの曲線に沿って曲げることができる。
 11. ハンダ付け、補強棒

組み立てが終わったら鉛桟の表面 にステアリン(ハンダが付きやすくするフラックス)を塗り、電気半田ゴテで鉛桟が溶けないよう注意をしながらハンダ付けをする。表が終わったら裏も同様にする。
ヨーロッパのステンドグラスは鉛桟のジョイント部だけハンダを付けるのが普通だが、日本独特の方法として、鉛桟の表面 全てにハンダを「渡し」てしまう方法があり、昭和の初期のステンドグラスパネルはほとんどこの方法がとられている。
これは鉛桟の腐食防止、見栄えの良さを考えての事であり、今回も同様の方法をとっている。

又、天井に取り付ける為、ステンドグラスがたわんで落下する恐れがあるので、パネルの外周にはH型の真鍮部材を巻き、1パネル3本の真鍮リブ 12mm×3mmを天井側裏に施工し、落下を防いでいる。
 12. パテ詰め
鉛桟とガラスの間にパテ(石灰を亜麻仁油で練ったもの)を指で詰めガラスを固定させる。
これはもともと雨風を遮断する目的で行われる昔からの方法である。
鉛桟からはみ出た余分なパテもきれいに掃除する。
 13. メッキ、みがき

鉛桟の上に渡されたハンダは、そのままだとピカピカと光って視覚的に目立つので、これも日本独自の方法だが、硫酸銅を水に溶かしてブラシに含ませハンダの上を磨く。
そうすることによって銅の成分がハンダに「メッキ」され、落ち着いた茶色に仕上がる。

後、もう一度良く水洗いをしておく。

 14. 仕上げ

窓辺にイーゼルを立て掛け、自然の光を透かしながらはみ出たパテやゴミを取り除き、最後に馬毛のブラシで丹念に磨きあげる。
 15. 取り付け

天井に鉄枠が取り付けられた後、ステンドグラスパネルを足場より開口部に対して縦に持ち上げ、平にして鉄枠に落し込む。
チリ調整をしてからブラケット部分にシリコンコーキングをし、動かないように固定する。
地震があった場合などずれて落下しないよう、クリアランスは3mm程度に留めている。

最後に天井裏に昼光色の蛍光灯を施工し、自然光の雰囲気を醸し出している。

 16. 完成
撮影  成田 秀彦
作業を終えて昭和初期のステンドグラスに使用されていた、美しいオパールセントグラスに近いガラスを現在探すことの困難さから、今回の復元作業を通じて改めて、日本のステンドグラス黎明期の作品の貴重さを感じました。
又、実作業以前の資料調査など、100年前からの日本のステンドグラス史が未だ判然としていないことも、これからの課題として残りました。
尚、靖国神社の皆様、三菱地所設計の皆様、そして錢高組の現場所長はじめ関係者の皆様方のご協力で、今回の復元作業が無事に終えたことを心から感謝いたします。
平成 14 年 12 月
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